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お知らせ

[2008/11/11]
「なごや博学本舗」主催イベントのお知らせ
★幻の映画『農奴』上映会+呉智英トーク プロパガンダと芸術★
●日時 2008年12月29日(月) 午後6:00〜
    開場:午後5時 午後9時終了予定
●会場 TOKUZO(得三)
地下鉄東山線・桜通線「今池」駅下車 徒歩5分
名古屋市千種区今池1-6-8 今池ブルースタービル2F TEL:052-733-3709
●参加費 前売・予約(当日精算)1,500円/当日2,000円
詳細は「なごや博学本舗」のサイトにてご確認ください。もちろん、中島も参加しますw


[2008/05/15]
講談社の文庫情報誌「IN・POCKET」2008年5月号に、中島駆名義にて薬丸岳氏のレビューを書きました。〈真摯な決意と覚悟を胸に「善悪」の境界に佇む作家 薬丸岳の魅力〉いうタイトルです。よろしければご笑覧くださいませ。「IN・POCKET」のウェブサイトにて、拙文の一部が公開されています。


『夢がかなう9カ月英語独学法――「できない自分」にサヨナラしよう!』

[2007/10/31]
中島が理事を務めるNPO「五時から作家・書評家を支援する会」から、新刊のお知らせです。
「この本があなたの最後の英語読本になる!」――詳細はこちらをご覧ください。




[2007/05/15]
講談社の文庫情報誌「IN・POCKET」2007年5月号に、中島駆名義にて伊坂幸太郎のレビューを書きました。〈「だまし絵」の住人と、「物見の塔」への案内人・伊坂幸太郎〉いうタイトルです。よろしければご笑覧くださいませ。「IN・POCKET」のウェブサイトにて、拙文の一部が公開されています。



[2007/03/15]→祝!映画化!!
土曜9時にNHKにて放送されたドラマ『ハゲタカ』。その原作である真山仁著『ハゲタカII』(講談社文庫/2007年3月15日発売)の巻末解説を執筆しています。よろしければご笑覧くださいませ。(中島 駆)



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2009年06月11日
『1Q84』と関係があるかもしれない昔書いた文章BOOK
以下の文章は、僕が1997年に書いたもの。『1Q84』を読み解くうえで、なにか参考になるかもしれない気がしたので、改めてアップしてみた。

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人気作家、村上春樹が小説という手法を捨ててまで追い求めなければならなかったのはいったい何なのか?

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「文芸春秋」1997年8月号に掲載された『二千人の「アンダーグラウンド」』を読んだ。

これは『アンダーグラウンド』を読んだ読者からの二千通を超えるフィード・バック(手紙や電子メールなど)から村上春樹氏本人がその一部をピックアップして掲載したものである。基本的にはその内容の一部を抜粋し、読者の年代別に分類したものであるが、中には村上氏のコメントが添えられているものもある。

書物の感想というものは、一部の評論家による断定的な意見しかなかなか私たちの目に触れることがないだけに、あれだけの読者の生の声が聞けたのはとても意義深かったように思う。なかには批判的な意見もいくつか載せられていたが、それもまた読者の正直な感想であると思った。

ところで、 『アンダーグラウンド』について書かれた批評にいろいろ目を通していくうちになんとなくこの書に対する自分の考えが見えてきたような気がしてきたのですこし書いてみることにする。

すべての批評に目を通したわけではないが、『アンダーグラウンド』に関しての批評はおおむね次の二点であるように思う。

1.河合隼雄氏との対談などで語られた社会に対する「コミットメント」の収束したものが『アンダーグラウンド』であると捉え、

「かつてまともに思考したことも、描いたこともないものに直面しつつ作家とし ての自分を新たなものにせんとする」(渡部直巳『チャリティー風土の陥穽』(群像6月号)より引用)

そのような村上氏の姿勢に対する批判。
2.オウム報道があれだけ頻繁におこなわれた中において、被害者の方々について言及し たものは非常に少なかった。そういった意味において村上氏の今回の仕事は非常に意 義深い。

『二千人の「アンダーグラウンド」』においても読者の方々からの意見とし て圧倒的に多かったのは、

(1)「実際にこんなことが起こっていたとはまったく知らなかった。被害者の おかれた実状を知って驚いた」

(2)「地下鉄サリン事件のことをほとんど忘れて、興味を失っていたが、 あらためて自分のこととして考え直そうと思った」

((1)、(2)とも『二千人の「アンダーグラウンド」』の村上氏の記述から引用)

という意見であったと記述されている。このことからも『アンダーグラウンド』は概ね一般読者からは2.のように好意的に受け入れられているといえる。

ところで私自身はこれらの批評にあまり納得はしていない。その理由は後に説明するとしてまずは私が『アンダーグラウンド』刊行当初においてこの書をどう捉えていたかを述べたい。


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1.『アンダーグラウンド』を読むまで

私自身は『アンダーグラウンド』刊行当初、

1)何故、村上氏がサリン事件を書かなくてはならなかったのか。

2)何故、『ねじまき鳥クロニクル』の後にくるものが小説作品ではなく ノンフィクションであるのか。

というところに少なからず釈然としないものを感じた。 1)に関しては『二千人の「アンダーグラウンド」』にも同様の意見が掲載されていた。 私自身が感じていたこととほとんど同じ意見であったので引用してみる。


「この本を刊行し、新たなるあなたの展開とする手法は素晴らしいことかも 知れない。しかしながらあんなにも芦屋神戸の出身といってはばからない あなたが、震災の被害者に対する取材インタビューをおこなわずに、サリ ン事件の被害者を選んだということは、その数(サンプルとでもいうか) のあまりの多さと、取材場所が離れていることによる時間のなさに甘えて いるとしかいいようがない。震災後の神戸に住んで手記を書くとかしてみ たらどうか?あなたの怠慢を嘆く一ファンとしてそう思う」


まさに私自身が『アンダーグラウンド』刊行の話しを聞いたときに考えたことはこのことである。私もこの方と同様、村上氏とサリン事件との接点をうまく見つけ出すことができなかったのである。ちょうどその前に刊行されていた河合隼雄氏との対談集『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』を読んだばかりだった私は、すぐにその中での村上氏の「コミットメント発言」を思い出した。 そして『アンダーグラウンド』がそのコミットメントの最初の取り組みであるならば、それはなんと安易な発想であるのだろうと正直言って反発を抱いた。

サリン事件を筆頭に、オウム真理教の事件が社会に与えた衝撃は並大抵のものではなかった。地下鉄サリン事件から2年が経過していたといっても信者たちの裁判が行われれば現在でも必ずテレビなどで報道されている。地下鉄サリン事件はいってみれば誰もが関心を抱きやすく、それが本になった場合の反響がある程度読みやすいものであったと思う。しかもそれに加えて「村上春樹」というネーム・バリューの影響がどれほどのものか村上氏自身が理解していないとは考えにくい 。そのような本を出すことが村上氏の社会に対するコミットメントであるというならば、それは金もうけのための単なる「正義の押し売り」でしかない。私自身はそのような印象を持った。

次に納得がいかなかったことは、2)としてあげた「何故『ねじまき鳥クロニクル』に続く作品が小説作品ではなくノンフィクションでなければならなかったのか」ということである。

村上氏はこれからの自分の社会へのかかわり方について、デタッチメントからコミットメントへと変化してきたとわざわざ本(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(岩波書店))まで出して宣言した。私はこの対談集を読んで、そのとっかかりは当然「小説」というかたちで著されるものだと思った。 なぜならば、少なくとも『ねじまき鳥クロニクル』は、コミットするということから得られたことを作品に昇華させたというよりは、そこにいたるまでのウォーミング・アップというか、コミットすることへと変わっていくにあたって片づけなければならなかったことの検証であったと私は捉えているからである。

村上氏は、これまで意識的に「関わりのなさ」を作品の重要なモチーフとしてきて、これからはコミットすることに意識的でありたいと発言した。『ねじまき鳥クロニクル』までの作品が「関わらない」ということを前提に書かれたものであるのならば、これからの作品は「関わる」ということを「小説」で著すものだろうと一読者である私は考えていたわけである。

そこへ宣言後の始めの仕事として『アンダーグラウンド』が上梓された。村上氏は社会に対するコミットメントのかたちとして「小説」でなく「ルポ」を選んだように私には思えた。 社会にコミットするという意味において小説家が取り掛かる仕事としては「ルポ」という形式はあまりに安易すぎるのではないだろうか?(もちろんルポという手法を小説の下と考えているわけではない)正直そう思わないではいられなかった。

もちろんこれは私の勝手な思い込みにすぎない。しかし村上氏がもっとも評価されてきたことは優れたストーリー・テラーとしての氏の実力ではなかったか。サリン事件に対して村上氏がコミットすることはよいとして、そのコミットした結果は小説作品に反映されるべきではないか。それが小説家にとっての「社会へのコミットメント」ということではないのだろうか。 デタッチメントからコミットメントへの変化というのは、村上氏にとってかなり重要な転換であると思う。その重要な転換点において何故「小説」ではなく「ルポ」を著すのか、私はその点にとても戸惑いを感じた。

しかしこれらの釈然としない思いは、村上氏がこれまで発表してきた作品をもう一度見直してみることでたちまちのうちに氷解してしまうことがわかったのである。


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2.『アンダーグラウンド』は本当に「新境地」なのか?

『アンダーグラウンド』はオウム事件という社会的関心のきわめて高い事件を扱ったため、「ベストセラー作家がオウム事件をどのように捉えたか」というところだけに議論が集中してしまっている。しかも村上氏自身が上梓直前に「コミットメント発言」をしたことにより、ますますこの作品はこれまでの村上氏の作品群とは異なる位置に存在するもののような印象を与えてしまった。

正直私も『アンダーグラウンド』を他の村上作品と切り離して考えてしまっていたひとりである。多くの評論家たちも『アンダーグラウンド』とこれまでの村上作品との関係に言及している人はほとんどいないといっていい。 しかし、そこに『アンダーグラウンド』を「ベストセラー作家の気まぐれによる新境地の開拓行為」と読み違えてしまった大きな原因があるような気がする。

『アンダーグラウンド』の後書きにあたる「目印のない悪夢」で村上氏は麻原が作り出したオウム真理教の構造は私たちのいる「こちら側」の世界と合わせ鏡的な関係にあり、その「あちら側」の構図は「こちら側」にいる私たちの社会にも通底するものではないかと指摘している。つまり一見まったく異なるように見える二つの世界が実は同一の地平に存在しているという関係にあるというのである。

このオウム真理教のいる「あちら側」と私たちのいる「こちら側」のような二つの異なる世界の対比というのは、村上氏がデビュー当時からその作品世界に登場させていたものである。『風の歌を聴け』における「僕」と「鼠」や『ノルウェイの森』における「直子」と「緑」などがそうであろう。

そしてその二重世界がもっともストレートに表現された作品は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)である。 この作品は「世界の終わり」というパートと「ハードボイルド・ワンダーランド」というパートの二つの世界からなる物語であり、まさにいっけん異なる二つの世界が実は合わせ鏡的に同時存在していたという結末を迎える物語である。

この物語に関連した興味深い村上氏のコメントが『二千人の「アンダーグラウンド」』に載っていたので引用してみる。 これは一時カルト教団に身を置いていたという方からの電子メールに対しての村上氏のコメントである。この方は教団の中にいたときによく『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を愛読し、今思うとその行為は教団の圧倒的なアイデンティティの剥奪に対するささやかな抵抗だったのかもしれないと語っている。


「僕は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』という小説を 書いたとき、やはり「自分の影をうしなって、自分の存在をなにかに委 ねてしまうこと」について、ずいぶん深く考えていた。偶然とはいえ、 そういう意味で、この人の気持ちとどこかで深く通じるところがあった のかもしれない。(略)」


「自分の影を失って、自分の存在をなにかに委ねてしまうこと」というのは今回のオウム事件における信者たちの置かれていた位置である。村上氏は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を書いた時点ですでに「こちら側」の提示する物語と「あちら側」の提示する物語が合わせ鏡的に同時存在し、自分の存在をなにかに委ねてしまうこととそれを拒否することが同時存在する世界を小説作品に仕上げていたわけである。

そのように考えていくと『アンダーグラウンド』で取り上げられたオウム真理教と我々が暮らす社会との関係の構造は決して村上氏にとって「新しい素材」ではないという気がしてくる。しかも『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』はデビュー間もない頃に書かれた『街と、その不確かな壁』(『文学界』1980年9月号発表)を原型としている作品である。

この『街と、その不確かな壁』は『1973年のピンボール』が芥川賞の候補となり、その受賞第一作用として書かれたものである。この作品についての村上氏のコメントを『村上春樹ブック』(『文学界』1991年4月臨時増刊)掲載のインタビュー記事から抜粋してみる。


「(略)『−−ピンボール』が芥川賞の候補になって、何か書けと いわれたんです。(中略)あの話は書きたい話だったんです、ずっ と頭の中にあって。『街と、その不確かな壁』というタイトルで 百枚のものです。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーラ ンド』の原型とでもいうべきでしょうか。ただ、あれは失敗だっ たですね。というのは、ああいうことはやるべきじゃなかったん です。僕はいまでも後悔してる。受賞第一作用なんて書くべきじゃ なかった。これは声を大にしていいたい」 「あれはむずかしい話なんです。あのころの僕の実力ではとても歯 が立たなかったんです。歯が立たないけれども何かがあるから、 一応存在はしてるんだけど。あれは僕は一切表にだす気はない」

(『村上春樹ブック』「聞き書き村上春樹この十年」より)


このインタビュー記事を読む限りにおいて、村上氏の中にかなり早い段階で『世界の終わりとハード・ボイルドワンダーランド』的な構想が存在していたことがわかる。しかも一度発表したにもかかわらず、納得がいかず書き直し、さらに原型となった『街と、その不確かな壁』を一切表にだす気がないというところから村上氏のこの構想に対するなみなみならぬこだわりが感じ取れるのではないかと思える。

つまり今回の『アンダーグラウンド』にあるオウムの構造のモチーフというものは村上氏にとっては「新境地」といえるほど新しいものではないような気がする。むしろ氏が一貫して取り組んできたテーマであると言ってよいかもしれない。そして今回もまたこのモチーフを再び取り上げないではいられなかったということなのではないか。

なぜなら村上氏が取り上げてきた今までのモチーフはフィクションの世界で成立していることであった。そこへそのモチーフを踏襲し、かつ絶対的なリアリティをもつオウムの事件が入り込んできたわけである。作家の描く「物語」はきわめてリアルなオウムの「物語」にあっという間に駆逐されてしまうのではないか。村上氏はそのような恐怖感を抱いたのではないか。

そのように考えていくと、村上氏は何故阪神大震災ではなくオウム真理教の引き起こした事件に興味を抱いたのかという理由も自ずと明らかになってくる。 阪神大震災は村上氏にとってオウム真理教よりも接点となるファクターが多いことは自明のことであろう。そして仮に村上氏が阪神大震災の被害者の方々へのインタビュー集を刊行したとしたら、その内容は『アンダーグラウンド』と非常に酷似したものになったであろうと思われる。そして、読者の反応もまた『アンダーグラウンド』と同じような反応が得られたであろう。

しかしながら村上氏が『アンダーグラウンド』で成し遂げたかったことはそれまで疎外されてきた被害者の声にスポットを当てて社会に知らしめることではなかったのである。それはあくまで二次的なものであり、村上氏は『アンダーグラウンド』を著すことによって作家である自分にとって必要な何かを地下鉄サリン事件から得ようとしたと考えられるのである。

そしてその何かとは阪神大震災にはなく、地下鉄サリン事件にはあるものなのである。 冒頭にあげた『アンダーグラウンド』に対する二つのおおまかな評価に対していまいち納得感の得られなかった私は、このように考えることができるのではないかと思っている。

つまり、あるストーリーテラーの存在がどれほど人に多くの影響を及ぼしてしまうものなのか、それを検証することが村上氏にとっての『アンダーグラウンド』の本来の目的ではないかということである。なぜなら彼はこれからも作家であろうとしているからである。 そのように考えていくと、阪神大震災にはストーリーテラーがいないということに気づく。結果的に多くの被害者を生みだし、多くの悲劇を生み出したという点においては地下鉄サリン事件と非常によく似た構造を持つが、あれは人為的に引き起こされたものではない。

村上氏が作家として惹かれることは歴史的事実の中に潜むストーリーテラー達の姿なのである。 例えば氏の『ねじまき鳥クロニクル』におけるノモンハンの事件に関しても同じことが言えないだろうか。ノモンハンにおける意味のない虐殺行為の数々は当時の日本という国家が国民に提示した「物語」といえないだろうか。強力な影響力を持った一部の人間が作り出した「物語」が国民を戦争へと導いていったのではなかったか。ナチスドイツなどはどうか。600万人ものユダヤ人が虐殺された背景にはヒトラーというひとりのストーリーテラーと、彼が作り出した「物語」に翻弄されたドイツの一般市民たちから生じたとてつもないパワーが関与していたのではなかったか。

私は以前、村上氏の『ねじまき鳥クロニクル』を日本の「家」制度から検証してみたのであるが、その際どうしても「家」だけからの視点では読み取れない部分が出てきてしまった。それが物語全体に影響していると思われる一連のノモンハンの事件だったのであるが、特権者から提示される「物語」とそれに翻弄される人々というキーワードをあててみると非常にその意味が明確になり、かつ日本の「家」制度もまた明治政府という特権者がわれわれ庶民に与えた「物語」であったということに気づくこととなった。

そして「物語」に対する不安な気持ちというのは、最新の短編集に収められている『レキシントンの幽霊』という物語からも読み取ることができると思われる。『レキシントンの幽霊』を読むことで『アンダーグラウンド』への移行が村上氏にとってきわめて自然なことであったということわかってくる。


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3.短編『レキシントンの幽霊』

短編『レキシントンの幽霊』を読んだとき、私なりの読み解くキーポイントというのは、「幽霊」『源氏物語』(六条御息所など)「泉鏡花」「犬」というところではないかと感じた。 さらに上田秋成の『雨月物語』なども含まれるかもしれないと思った。 つまり、日本の文学の中で描かれてきた「幽霊」と村上氏の作品に出てくる「幽霊」との比較をしてみたらおもしろいのではなかろうかということである。

『レキシントンの幽霊』もそのまま読めば、ひとつの怪奇談として捉えることができる。 しかしそこに描かれている「幽霊」はこれまで日本の文学の中で描かれてきたモノとは雰囲気が異なる。 とはいえ、まったく異質のものであるとは、私には思えなかった。そこには異質なものもあるけれど、共通する何かもあるような気がした。というかむしろ、『レキシントンの幽霊』ではこれまでのそういった日本の幽霊話、あるいはそこにある「物語性の復活」が行われているのではないか、と感じたのである。

例えば、泉鏡花の描く幽霊というものは非常に幻想的、かつ美しいものである。鏡花は上田秋成の影響を受けていたともいわれるので、『雨月物語』に登場する幽霊たちにも同様のことがいえるかもしれない。 ただし、鏡花の時代ぐらいまではそこに描かれる幽霊というものは、非常に現実、あるいは生活に近いリアルなものだったような気がする。今私たちが読むと怪奇話、幻想話で片づけられてしまうが、そうではなく本来その物語の中には、共同体の中で生活するためにに必要とされたタブーや教訓といったものが含まれていた。日本の「物語」というのはそもそもそういった機能を持って語り伝えられてきたものなのである。そして、ちょうど鏡花の作品は、その機能が失われていく境界に位置していたような気がする。

話しを『レキシントンの幽霊』に戻すと、村上氏の目はやはり日本に向いていると思う。というか、日本人としてアメリカ(あるいは世界)にいる自分に向いているという感じがする。その中にいて、日本の作家として日本語で物語を書いていくに当たって検証しなくてはいけないことがたくさんある。それを行うモチーフとして「幽霊」というものを取り上げてみたという印象を受けるのだ。

『レキシントンの幽霊』は、冒頭で「この物語は事実である」というようなことがわざわざ書かれてある。つまり怪奇談をはじめる前にわざわざ「事実である」と断りを入れなければ、今の私たちには「物語」のなかにリアリティを持つことができなくなってしまっているということなのだと思う。おそらく、あの一言がなければ私たちは『レキシントンの幽霊』の物語を単なる幻想的な話としか受け止めることができないだろう。 そう捉えると、「事実である」という一言がこの物語のいちばんの肝なのだと私には思えてくる。 昔の人たちであれば、そんなことわざわざ書かれなくても、そこに描かれる怪奇談は「事実」であった。ものすごいリアリティを持って襲い掛かってくるものであった。 そこが今の「物語」と昔の「物語」との決定的な差なのだと思う。 そして村上氏は、そこに今の「物語」の持つ力の弱さを見ているように思えるのだ。

しかし、そうはいっても村上氏はこれからも作家であろうとしているわけであるし、物語を書き続けようとしているわけであるから、現在の「物語」の持つ問題点を克服していかなければならない。 その克服のための一歩が『レキシントンの幽霊』なのではないかと、私は感じた。


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4.村上春樹の「物語」への挑戦

村上氏が『アンダーグラウンド』を著した理由は「麻原の荒唐無稽な物語を放逐できるだけのまっとうな力を持つ物語」(「目印のない悪夢」)を一人の作家としてこれからも構築していくためなのである。

物語を書き続けるためには現実の中にある物語から目をそらしてはいけない。しかもオウムの作り出した物語は多くの人間を巻き込み、破滅に導くという強烈な影響力を持つものであった。それに拮抗できるだけの物語を作家としてこれから生み出すことができるか。そのために村上氏はあえて真正面からオウムの作り上げた物語を受け止めようとした。その結果が『アンダーグラウンド』なのである。これは村上氏の作家としての並々ならぬ決意の現れであると思う。

小説を書くという行為は現実世界を自分の思う通りに物語の中に反映させやすい反面、肝心な部分をいくらでもごまかしたり避けたりすることもできる。しかし村上氏はあえてそのような手段でアプローチをかけることをせず、事実を事実のままに受け止めることのできるノンフィクションという形を選んだわけである。 村上氏が地下鉄サリン事件に題材を取ってそれを小説に著すことは可能であったろう。しかし村上氏が『アンダーグラウンド』で行おうとしたことは事実から紡ぎだされた物語を真摯に受けとめることなのだ。そしてその現実の物語が持つ圧倒的なパワーを村上氏は乗り越えようとしているのである。そしてそこから新たな物語をわたしたちに提示しようとしているのである。

そのように考えてみると、私が抱いていた二つの疑問、すなわち「村上春樹とサリン事件との関係」そして「『ねじまき鳥クロニクル』のあとにノンフィクションを著した理由」がたちまちのうちに氷解していくのである。


『アンダーグラウンド』は、作家としての自分の使命を突きつめようとしている村上春樹の真摯な姿の現れであるのだ。


噂によると、氏の次作は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の続編ということである。影を切り離し「世界の終わり」に留まった「僕」はどのような新たな「物語」を模索しはじめるのであろうか。『アンダーグラウンド』を著すことで決意を新たにした村上氏の「物語」によるコミットメントを私はとても楽しみにしている。


1997年7月29日 記

Posted by kakerunakasima at 10:21:43 on 2009/06/11
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2009年05月30日
村上春樹『1Q84』がやっと届いた!BOOK
1q84_small

アマゾンに予約していた村上春樹の新作『1Q84』がやっと届きました。
発売予定日は昨日なのですけど、すでに数日前から書店には並んでいたので、
ものすごく待ち遠しかったです。

これから読みますっ!
Posted by kakerunakasima at 17:45:52 on 2009/05/30
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2009年04月17日
シャムロック・ティー「本が好き!」プロジェクト

シャムロック・ティー
Amazonで購入
書評/海外純文学


タイトルとなっている「シャムロック」とは、アイルランドの国花である。著者は北アルランド、ベルファスト出身の作家、詩人のキアラン・カーソン。前著『琥珀捕り』の姉妹編といえる本書は、ブッカー賞候補作ともなった秀作である。パッチワークのように数々の寓話が散りばめられており、困惑しながらも読み進めていくうちに、読み手は思いがけない場所に連れ去られてしまう――物語のようであり、神話のようであり、詩集のようでもある。帯文にあるように、じつに〈摩訶不思議な物語〉である。

「シャムロック・ティー」とは、一種の幻覚剤として本書では登場する。語り手はカーソンという少年で、冒頭〈ことによるといつの日か、自分が最初にいた世界へ戻れないともかぎらない。だから、とりあえず今は、そちらの世界について書きつけておきたいと思う〉という、思わせぶりな独白から始まる。すでにして虚実が入り混じった物語であることがこの一文から読み取れる。〈自分がいた世界〉とはいかなる意味か? 〈そちらの世界〉とは? そんな疑問が頭を過ぎってしまったら最後、読み手はすぐにこの物語の虜になってしまうことだろう。しかし本書は、そんな疑問になかなか答えようとしてくれない。むしろ読めば読むほどに、物語の実像から読み手を引き離すかのように、物語は途方もない方向へ散り散りに飛翔していく。

それをひとつに束ねる鍵となるのが、ヤン・ファン・エイクの「アルノルフィーニ夫妻の肖像」という絵である。カーソンと従姉妹のベレニスは、シャムロック・ティーの作用で、この絵の中に入り込んでしまう。そう書いてしまうと、ファンタジーかSFのようだが(たしかにそうした面はあるけれども)、それだけでは括れない。この絵には不思議な力があるのか、例えば『鏡の物語 紋中紋手法とヌーヴォー・ロマン』(リュシアン・デーレンバック著/野村英夫・松澤和宏訳)という、いわゆる“紋中紋”をテーマとした評論では、表紙にこの絵があしらわれている。

鏡の物語―紋中紋手法とヌーヴォー・ロマン (単行本)
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『鏡の物語』では、タイトルどおり、ファン・エイクの絵のなかの「鏡」に着目する。男女の間にある鏡の中には、二人のほかに、もう二人の人物の姿が映り込んでいる。微妙に婉曲した凸面鏡には、正面からは描かれていない「別の世界」が覗き見える。つまり、『鏡の物語』の著者は、そこに別の虚構世界=作中作を見るのである。そのうえで、以下のように作中作=紋中紋の効用を示す。

〈虚構作品における紋中紋手法のもつ語りの機能の特徴が、基本的には、くりかえしと二次的言表の示す通常の諸特性を併せもつものであることはなんら驚くにあたらない。つまり、作品にある強力な構造を付与したり、その意義をいっそう確固たるものにしたり、作品をして作品自体と対話を行なわせたり、作品に自己解釈装置を備えつけたりするような特性である〉(P85)

『シャムロック・ティー』で試みられていることは、まさにこのことで、寓話は合わせ鏡のように際限なく増殖し、〈くりかえしと二次的言表〉とが、〈作品にある強力な構造を付与したり、その意義をいっそう確固たるもの〉とし、〈作品をして作品自体と対話を行なわせたり、作品に自己解釈装置を備えつけたり〉している。コナン・ドイルが推理論を語り、ウィトゲンシュタインが哲学を語り、オスカーワイルドが文学と美学を語る。本書には、数多の著名人が登場するが、彼らを違和感なく物語に溶け込ませて、読者を魅了してしまう著者の手腕には舌を巻くほかない。さながら、シャムロック・ティーに毒されたような酩酊感を与える本書だが、このトリップ感こそが本来、読書の醍醐味であるといえるだろう。

★今回ご紹介した本は、「本が好き!」プロジェクトから献本していただいたものです。
★「本が好き!」プロジェクトの詳細はこちら→http://www.buzz-pr.com/book/menu/

Posted by kakerunakasima at 14:59:03 on 2009/04/17
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2009年04月08日
聞き書き ダライ・ラマの真実BOOK

聞き書き ダライ・ラマの真実 (生活人新書) (単行本)
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昨年暮れ、中国のプロパガンダ映画『農奴』(1963年)の上映会があった。この作品は、チベットに侵攻した中国が、己の正当性をアピールするために作った宣伝映画である。事実とはまったく正反対の内容なのだが、それでも物語に引き込まれ、感動してしまう――評論家の呉智英氏が、かつて滂沱の涙を流したという「珍作」である。つまり、「プロパガンダ」と「芸術」(=「倫理」と「感動」)は「別もの」なのだ。上映会は、そうした人間の矛盾した心理を体感しようという試みであった。 

結論から言えば、この映画は、1時間45分という尺を感じさせない出来であった。チャンパという農奴の青年の半生を描きながら、いかにチベット政権が非道な行いをしてきたかをこれでもかとばかりに描写する。一方で、徹底的に美化される人民解放軍。兵隊たちはみな美男美女、見事な歯並びに、白い歯からは眩いばかりの光がこぼれ落ちる。そんな彼らが「菩薩兵」と称して農奴たちを救い、悪行を重ねる高僧たちを追い払う。道理を捻じ曲げたハチャメチャな作品なのだが、ムチャを臆面もなく押し出している。そこに「国家権力」の恐ろしさを感じさせる。「嘘」を「真」にしようとするエネルギーは「圧倒的な暴力」として、私たちの身に降りかかる。その事実に、改めて心が震える思いがした。

しかし「真」なるものを求める人間の力も、もちろん侮ることはできない。「国家」という化物が繰り出すエネルギーよりも微細かもしれないが、それに立ち向かう「個」は少なからず存在する。長くダライ・ラマの姿を撮影し続けてきた写真家、松本榮一氏もそのひとりであるだろう。本書『聞き書き ダライ・ラマの真実』(生活人新書)は、松本氏の写真とダライ・ラマへのインタビューで織り成された一冊。自らの苦難の歴史を語り、またチベットの明日、果ては人類の未来までを見晴るかすダライ・ラマの言葉は、つねに「真」を貫く矢となって、私たちの胸を突く。例えば以下のような言葉。長くなるが引用する。

引用:
人間は、どうしても自分を中心に「わたしが〜する」「わたしが苦しい」「わたしが痛い」「わたしが愛した」などというが、仏教では究極的な意味で「わたし」というものを認めていません。一つの細かい微粒子の集合である「わたし」という仮の存在はあるが、それはあくまでも、ある縁によって集合した細胞の塊のようなものです。そのように仏教では考えています。仏教では絶対的なものなど存在しないのです。
 自分自身が「空」であることによって、そして「空」であるからゆえに、そして何世代にもある微粒子が細胞となり、それが集合して、違ったわたしが形づくられ、違った人生が歩まれてくることによって人間は生き物として綿々と繋がってきたのです。他人も先祖も、ある縁によって繋がり、ある縁によって出会うのです。だから他人は他人ではなく、自分という存在も不変ではないのです。(P103)


とかく、現代人は「わたし」主体のエゴイズムに陥りがちである。しかし、このダライ・ラマの言葉はどうだろう。故国を追われ、宗教的、政治的指導者としてリーダーシップを取り続ける人間が、〈他人は他人ではなく、自分という存在も不変ではない〉と断言する。欲にまみれた我が身を振り返れば、恥じ入ってしまうばかりである。「わたし」という存在は、〈ある縁によって集合した細胞の塊〉でしかない。じつにちっぽけな存在である。しかし、「嘘」を「真」と言いくるめるような圧力には屈しない力強さを身に付けることはできる。そのことは、なによりダライ・ラマという人物が体現している。

最後に、本書はまた、ダライ・ラマ、あるいはアジアに惹かれ続ける松本氏の魂の遍歴であることも、付け加えておく。

Posted by kakerunakasima at 16:48:26 on 2009/04/08
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2009年03月28日
『聞き書き ダライ・ラマの真実』を献本していただきました。BOOK
NHK出版様、著者の松本榮一ご夫妻様より『聞き書き ダライ・ラマの真実』(NHK 生活人新書)をいただきました。ありがとうございました。



著者の松本氏は、長くチベットやインドの文化遺産を中心に撮影を行なっていらっしゃる写真家です。過去に同じく生活人新書から『ダライ・ラマの言葉』を上梓されていて、今回の本はその姉妹編にあたるのだそうです。

■インドとチベット 松本榮一の世界
http://matsumotoeiichi.com/

読了しましたら、また改めてご紹介させていただきます。
Posted by kakerunakasima at 17:51:49 on 2009/03/28
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梶尾タモツの「通勤電車で短編も」
投稿者: zocalo 投稿日時: 2008-3-2 15:15:00 (1 ヒット)
通勤電車で短編も

 阿川弘之は、僕にとって気になる小説家のひとりである。
 『大人の見識』はよく売れているし、福田和也の「作家の値打ち」でも、阿川の『舷燈』(ようやく古本で手に入れたと思ったら、講談社文芸文庫で復刊するとかー)は89点の高得点だったし。
 けど、肝心の小説を読んではいないのだ。今回の「年年歳歳」(講談社文芸文庫『戦後短編小説再発見8 歴史の証言』所収)で、はじめて読んだ。そして、予想通り、素敵な作品だった。
 
 *
 
 主人公の道雄は復員を果たし、夜汽車で故郷の広島へ向かっている。過ぎてみれば、戦争もただ《無暗にいそがしかっただけだった》。
 原爆のことは、道雄も戦地で知っていた。広島には、両親がいる。だが生きているかどうか。汽車のなかで眠りにつきながら、不安と楽天とない交ぜになった気持ちのまま、廃墟となった故郷に道雄は安否を尋ねに行く。
 広島に近づくにつれて、瓦礫の原がつづくようになる。

《「綺麗なもんだ」
彼はなるべく落ちつくようにした。何もありはしなかった。家の辺りも北の果から南の果へ同じ焼野原である。昔は汽車から見えなかったビルディングの残骸がぽつんぽつんと見えた。焼けただれて黒く尖った木々の姿は不気味であった。同情してくれた兵士たちは黙った。》
 
 しかし、その焼野原にも、確かな生命の芽生えがあった。
 
《「でも麦が生えている」
誰かが言った。ほんとにそうだった。焼けあとに麦がよく伸びていた。それは何か心を明るくした。》

 案に相違して、道雄は両親と再会することができた。父親はひどく老け込んで、道雄を見ると、歯のない口から「う、う、う」と子どものような声をあげた。両目が悪い母親と甥と三人、何とか生活をしていた。穏やかで朗々とした一週間がすぎていく。
 そんなある日、道雄は母親と花見にでかける。明後日には、道雄は職探しに上京する予定だった。
 
《土手になった道を歩く。両側は片づけられない瓦礫や、錆びた鉄屑がいっぱいに散らかっている。その合いに、家の跡にも小路のほとりにも麦が伸びていた。所々に菜の花が見える。南の方に、焼けたままのビルディングが、驚く程近く見えた。
 桜の古木が一株、大枝の中ほどから折れて地に垂れ下がったまま豊かに花をつけていた。
「爆風で折れたんだろうね」
「そうやろな。折れてもきれいに咲くもんやなあ。小枝を少し折ってくれへんか。お父さんに持って帰って見せたげよ」》

 道雄と母親の花見は、特別な盛り上がりがなく、二人は家路につく。その途中、道雄は復員してはじめて雑誌を買ってみる。「アサヒ・グラフ」である。
 その表紙の写真は梅の花と、その下には焼野原の東京の姿だった。そして、表紙の片隅に、劉廷芝の詩「代悲白頭翁」のなかの詩句である、
 年年歳歳花相似(年年歳歳花あい似たり)
 歳歳年年人不同(歳歳年年人同じからず)
という文句を、道雄は見つける。
 彼は母親に、その写真を示す。母親のそれを見ての一言が、穏やかな読後感を誘い出してくれる。

 *

 ストーリーには、大した山場はない。甥っ子は、兄さんの帰郷を素直に喜び、町へと繰り出す。老いた父母は相変わらず夫婦喧嘩をしている。父親は、昔のように小言を言う。
 しかし、原子爆弾という未曾有の惨事が起きた後では、そして、あの戦争を掻い潜ってきた後では、なお生きてあることの確かなうれしさというものを、この小説はしっかりと書ききっている。
 そして、戦争の悲劇を声高に叫んでもいない。なんとも春の陽気のような短編なのである。ヒロシマ、原爆、というテーマからすると、むしろその静けさと向日性とは、読み手に強烈な印象を与える。
 最後に登場する、「アサヒ・グラフ」が、いい。小説を明るくすることに効いている。雑誌は、どの時代でも元気のメタファーなのである。
 











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